とあるブルートレイン復活プロジェクトの顛末2022

はじめに

かつて、長距離移動の足として日本中を走り、多くの鉄道好きをとりこにした寝台特急列車、ブルートレイン。しかし、利用者が新幹線や航空機、高速バスなどへ流れるようになると、ブルートレインは次から次へと消えていき、いまや(日本で)営業運行されているブルートレインはない。そんなブルートレインを復活させようと言い出した者たちがいた。すでに引退し放置されていたブルートレインを手に入れ、修繕の上走らせるのだという。このブルートレイン復活プロジェクトは、鉄道趣味者たちから大きな注目を浴びたものの、次第に迷走を始めしまいには頓挫してしまった。どうしてこのような残念な結末を迎えるに至ってしまったのであろうか?

私はこの復活プロジェクトが第一声を上げてから断念に至るまでの約半年間、動向をウォッチしていた。多くの歓迎を受けたこのブルートレイン復活プロジェクトには、怪しい点がいくつもあった。そこで、後学のためにこのプロジェクトの顛末をまとめ、記事にすることとした。そのような経緯もあり、批判的な立場から書かれている点あらかじめご承知おき願いたい。

目次

記録

第一声 ~ブルートレイン復活プロジェクト、出発進行~

2022年5月22日、「青山トラン・ブルー株式会社」がTwitter上で第一声を上げた。これがすべての始まりであった。

4月中旬、秋田を訪問。目的はもちろん秋田港に留置されている24系客車群に会うため!
この24系が再び輝きを取り戻し、本線を走ったら凄いと思いませんか!

突如現れたこの"企業"は、秋田臨海鉄道秋田港駅に留置されているブルートレイン(24系客車)を「1両、また1両と整備をして利活用するスキームを弊社では温めてい」るとした。この客車たちは引退後海外譲渡を目的に秋田港に留置されていたものの、結局海外譲渡はなされず、その後秋田港駅に移動され放置状態にあった。それを引き取って動態保存し、「最終的には本線を走らせてあげたい」という。

私は美しいブルーの編成が東京、上野、大阪から旅立つ姿を見たい。
(略)
1両ずつ整備して動態保存、イベントでの活用などを経て、最終的には本線を走らせてあげたい

ただ、この時点で客車の所有者とはコンタクトすら取れていなかったようで、車両の所有者に連絡を呼び掛けたほか、「公共機関、関係会社、報道・出版社等にビジネスレターを送付して情報を求めてい」るとした。

噂を聞きつけてか、この復活プロジェクトは瞬く間に鉄道趣味者たちに注目されることとなった。失われたブルートレインを復活させようとする"企業"に鉄道趣味者たちは群がり、歓喜した。青山トラン・ブルーのツイートには好意的な反応があふれ、Twitterのフォロワー数はどんどん増えていった。

クローズド ~夢のブルトレは"ミステリー"トレイン?~

その一方で、懐疑的な見方も少なくなかった。動態保存の実現には想像を絶するほどの困難が待ち受けている。莫大な費用をどう賄うのか、維持するだけの人手や設備はどう確保するのか、何よりも、定期的な点検や補修もなされないまま海辺に放置された客車が、動態保存に耐えうるのか。これらの問題を乗り越えられなければ、ブルートレイン復活の夢は決して叶わない。そして、そのためには綿密な計画による裏打ちが必要なことは言うまでもない。しかし青山トラン・ブルーは、「現在進行中の業務につき守秘義務等もあ」ることを理由に事業計画やロードマップなど行動案の提示を拒んだ。

現在進行中の業務につき守秘義務等もありますことから、一つひとつに対するお答えや、事業の詳細を記せないことをお許しください。

この後も青山トラン・ブルーは、積極的なアピールの一方で詳細はクローズドにするという奇妙な方針を続けることになる。なお、6月1日にようやく会社情報の一部を明らかにした。また、自社Webサイトは製作中だとした。

6月4日、「皆様からいただいたご意見、疑問」に対して以下のように回答した。

なぜTwitterで公表を?
→弊社事業を広く周知し、ブルートレイン車両保全の機運を盛り上げるためです。

事業はどの程度進んでいるのか?
→「緒についたばかり」でございます。

意見や質問に対する回答は?
→頂いたご意見やご質問はすべて拝読致しております。
しかしながら、個別の回答につきましては誤解や混乱を招く恐れがありますことから控えさせて頂いております。

車両の整備、保守が困難では?
→アスベスト、代替部品、車両の移送、整備技術など課題は多く、費用も膨大であることは認識しております。
これらの課題については、知見経験を有する方にご教示を賜りながら、弊社一丸となって取り組んでおります。

どれも具体的内容の伴わない、極めて歯切れの悪い回答であり、説得力があるとは言い難い。

その後はというと、客車の所有者は誰かという質問に対して「ある民間企業(JR東ではありません)です」と回答した程度であった(個別の回答は控えるという方針だったのでは?)。なお、私はその「民間企業」と交渉する目途は立っているのかと問うたが回答はなかった。客車についてはこれといった進展が見られない一方、24系客車を転用した宿泊施設への訪問一眼レフカメラの体験イベントへの参加報告、代表者のコレクション自慢Instagramに投稿した写真の紹介のような、鉄道趣味者向けの話題は頻繁にツイートされ、内容も充実していた。「ブルートレイン愛好会」が盛り上がっていたところに、大事件が起こる。

青天の霹靂 ~ブルトレ復活の危機~

7月11日、「所有権等が複雑であり、様々な面で一朝一夕に「事業計画」を進めることが難しい案件」と状況が芳しくないことを明かしたツイートに対し、客車群に不動産明渡のための公示書が掲示されたことを指摘する返信があった。公示書によれば、秋田地裁の執行官は債務者である「ロイヤルエンタープライズ株式会社」に対し、占拠している(客車の置いてある)場所を期日までに債権者である秋田臨海鉄道へ明け渡すことを催告、従わない場合は8月10日に強制執行を行うとあった。

秋田港駅の24系客車は、秋田臨海鉄道秋田港駅を「間借り」する形で留置されていたが、その秋田臨海鉄道は2021年3月末をもって鉄道事業を終了し清算会社となった。秋田港駅の鉄道用地は、秋田県が貸与した県有地である。事業終了、会社清算にあたり、存置されているレールや設備などを撤去し原状回復した上で用地を返還しなければならない。24系客車も同じく撤去する必要があり、本来であればそれを現所有者が行わなければならないはずが、所有者が応じなかったのかコンタクトがとれなかったのか、結局司法の力を借りた最後通牒に出ざるを得なかったようである。

これを受け、青山トラン・ブルーはようやく重い口を開いた。

本件が秋田地裁で係争中であることは承知しており、第三者(債権者・債務者ではない)である弊社はその推移を見守るしかございませんでした。
本公示は、直接24系客車の扱いに触れるものではありません。

しかしながら、所定の期日を経過し、公示された物件について強制執行となった場合には、目的外動産として処分(解体撤去or競売)されますので執行官による取り扱いが注視されるところです。
このことから弊社では、秋田地裁の執行官に「24系車両を取得したい」旨をお伝えしております。

弊社では今回の公示内容について承知をしており、これに適切に対応するために顧問弁護士、顧問税理士と協議を行っておりますことを記させていただきます。

かの客車群は、裁判所までもが絡んで泥沼化しており、第三者である青山トラン・ブルーは手を出すことができなかった。さらに、青山トラン・ブルーはかかる事実をすでに把握しておきながらそれを公にしなかった。このプロジェクトに寄せられていた多くの期待を裏切ったと言わざるを得ない。ところが、鉄道趣味者たちの反応はポジティブであり、期待は逆に高まる一方であった。それだけ、彼らがブルートレイン復活の夢に浸っていたということの現れであろう。

この"白状"からわずか2日後、「秋田を訪れました」とツイート。理由は「お察しいただけるかと思います」とのこと。

「秋田を訪れました」
企業・官公庁等で総務や企画等の渉外調整を担う部署を経験された方ならこの一言でお察しいただけるかと思います

一行は秋田港駅に赴き、敷地外から公示書の掲示を確認したようである*1。なお、それ以外の行動については一切触れられていない。

8月5日、「秋田臨海鉄道特別公開2022に参加しました」とツイート。目当てはもちろん留置されている24系客車である。客車の写真のみならず、動画まで投稿するというサービスぶりで、参加したメンバーは大いに満足していたようである。なお、イベント参加以外の活動報告はなく、ただ遊びに行っただけのようである。

そして8月10日、公告通り秋田地裁による強制執行が行われた。結局現在の所有者が裁判所の催告に従うことはなく、24系客車たちは裁判所の手に委ねられることとなった。なお、公示書が撤去された以外に客車に動きはなかった。これを受け翌11日に次のようにコメントしている。

今後、目的外動産である24系車両の処分に向けて、同地裁により次の手続きが取られることになります。
弊社では、当該手続きに対応するための準備を進めております。

とはいえ、課題は山積していた。客車をどこに保管するのか。移動に要する費用はどう捻出するのか。これだけの客車を輸送するだけの輸送手段は手配できるのか。それが示せない限り勝ち目はない。

8月29日、青山トラン・ブルーの自社Webサイトがようやくオープンしたが、これに関してツイッターを含め一切告知はされなかった。

沈黙 ~ブルトレ復活計画はどこへ行く~

青山トラン・ブルーの"保存活動"と並行して、秋田臨海鉄道は7月に旧雄物川橋梁が撤去されるなど設備の撤去が各所で進んでいた。客車の置かれている秋田港駅も例外ではない。残された時間は少なかった。

9月10日、強制執行から1か月を迎えたのにあたり次のようにツイートしている。

8月10日に強制執行がなされてから1ヶ月が経ちました。その後新たに発出された公告に基づき、関係者(社、機関)がこれに対応しているところです。弊社も秋田入りを重ね調整を図るとともに、本件に通じた方々からご教示ご協力を賜りながら事務を進めております。

強制執行後、青山トラン・ブルーのツイート数は執行前より目に見えて減り、特に客車取得に関するツイートはこの1か月皆無であった。正念場を迎えているこのプロジェクトで、1か月分の成果報告がたったこれだけの量しかないというのは何とも寂しい。

10月1日、「10月に入り、秋田港駅に留置されている24系に動きがあります」とツイートし、「協議、調整」を進めているという。

現在弊社では24系の秋田港駅からの搬出、搬出後の留置先、整備、整備後の活用、資金手当、各法令の解釈等について関係各社・機関から教示を仰ぐとともに協議、調整を進めています。

相変わらず具体的な進捗には全く触れていない。客車は手に入るのか。それとも入らないのか。見通しは立っているのか、あるいは絶望的なのか。煮え切らない態度を続ける青山トラン・ブルーに対し、私は次のような質問をした。

質問させてください。
・搬出先の土地は確保できているのですか?あるいはその見通しは立っているのですか?
・輸送手段は確保できているのですか?全車両持っていくとなると業者の手配が大変だと思うのですが。
・「資金」はどうやって調達するつもりですか?銀行借り入れ?CF?

以前の質問はスルーされており、おそらくこの質問も同じく無反応と思っていたがその通りであった。青山トラン・ブルーは客車取得を真剣に考えているのかすらも疑わしかった。

断念 ~運転中止 GAME OVER~

11月1日、青山トラン・ブルーは秋田港駅にある24系客車の取得を断念すると発表した。

弊社は秋田港駅に留置されている24系客車の取得を目指してまいりましたが、同車両の取得を断念いたします。
新たな留置先の確保、搬送、当面の修繕費等は手当てしておりましたが、そのような「要件以外のところ」で調整を図ることができませんでした。

強制執行から2か月余り。その間、自らのプロジェクトに関して青山トラン・ブルーはほとんど口を閉ざしていた。もし"勝つ"見込みがあればこんな振る舞いに出ることはない。得られた成果を大々的にアピールすればよい。そうしなかったという事実は、このプロジェクトの見通しが決して明るいものでなかったことを暗に示していた。そして、詰んだ青山トラン・ブルーはとうとう白旗を上げたのである。

これまでご期待をいただきました皆様には大変残念な結果となりましたが、今後も弊社は鉄道車両の保存を事業の一つとして取り組んでまいります。
皆様におかれましては変わらぬご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

このブルートレイン復活プロジェクトを何ら疑いも抱くことなく支持した鉄道趣味者たちがいたからこそ、青山トラン・ブルーはここまで大風呂敷を広げることができたのである。しかし、そうした者たちに対し青山トラン・ブルーは何ら恩を感じないようである。丁寧に見える文面から発せられている横柄ぶりは、慇懃無礼という言葉が似合う。

さて、敗因である「要件以外のところ」については説明を求める声がいくつも上がったが、それに対して青山トラン・ブルーの答えは…

そのコメントの中で「『要件以外のところ』とは」と問うものが多くございました。
これにつきましては、

現時点において、結果として「誰も、たった1両すらも取得できなかった(しなかった)」という表現でお許しください。

クローズドな姿勢に徹してきたこのプロジェクトらしい締めくくり方といえよう。

かくして、ある駆け出しベンチャー企業の繰り出した夢のブルートレイン復活プロジェクトは、わずか半年余りで後味の悪い終焉を迎えることとなった。

終わりに

まず、青山トラン・ブルーが「たった1両すらも取得できなかった」原因として、係争中の客車に飛びついたことを指摘しておかなければならない。この客車は、第三者がなまじっか手を出すべき物件ではなかったが、ブルートレインの思い出を忘れられない代表者は手を出してしまった。その上、その客車が手に入ることを前提にブルートレイン復活を世間にアピールしてしまった。手が届かない客車と世間からの期待とのはざまで、青山トラン・ブルーは苦しむこととなる。

復活プロジェクトの主たる支持者は鉄道趣味者たちであった。"企業"が繰り出したブルートレイン復活に彼らは次々と寄ってきた。支持者を得た青山トラン・ブルーではあったが、先述の理由から客車の入手は遅々として進んでいなかった。だが、それをここで正直に説明しようものなら、支持者を失い、プロジェクト自体に対しても疑念を生じさせることになりかねない。そこで、そうした者たちをコレクション自慢やイベント参加などの"飴"で引き留め、現状から目を逸らさせようとした。幸いと呼ぶべきか、支持者のほとんど(全て)はプロジェクトの進捗について厳しく追及することはなかった。みな、ブルートレイン復活の夢に酔いしれていた。それが本当に可能なのかどうか、考えていなかったし考えようともしなかった。

さて、強制執行の公示で青山トラン・ブルーの"不都合な真実"が明らかとなる。ただでさえ実現性を疑問視する声は以前からあったが、この公示によってそれがさらに強まることとなってしまった。対照的に支持者たちは青山トラン・ブルーの説明で納得したようで、逆に期待は高まる一方であった。それからというもの、青山トラン・ブルーの"戦い"はまさしく"負け戦"であった。いや、あの客車たちを狙った時点で"負け"はほとんど決まっていたのかもしれない。だが青山トラン・ブルーは引かなかった。代表者のブルートレインにかける思い、そして過熱する支持者からの期待―僅かな可能性に賭けずにはいられなかったのだろう。もっとも、実現可能性が低いとわかっているにもかかわらずそれに手を出すのは、博打以外の何物でもない。そして、当然の帰結を迎えたと言わざるを得ない。

青山トラン・ブルーが仮に客車を手に入れられたところで、ブルトレ復活の夢をなしえたのだろうか。私はそうは思わない。客車を手に入れるのはゴールではない。むしろスタートである。そこから始まる長く厳しい道を進んでいかねばらならない。莫大な費用やマンパワーも必要となる。その道をどう進むつもりだったのだろうか。しかし、なぜかこの企業は具体的な話には触れたがらないのである。何か画期的なアイディアがあるわけでもなし、誰かの力を借りようとする考えがあるわけでもなし、どこまで本気なのか疑わしい節すらあった。だとすれば、手に入れていたらどんなことが起こっていたのだろうか。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。このプロジェクトが失敗したのは不運ではない。必然である。早くも青山トラン・ブルーは"リベンジ"を考えているようだが、もし鉄道車両の保存を事業として成立させたいと真剣に考えているのであれば、まずこの保存プロジェクトを総括することから始めなければならない。でなければ何回も同じことを繰り返すだけであろう。そして、この復活プロジェクトに熱狂していた支持者たちには、自分たちがカモにされ踊らされていたことを深刻に捉えていただきたい。

続き

todaystyle272.hateblo.jp

*1:この際、同行者が代表者に宛てて「せっかく秋田まで来たんですよ。もっと24系を愛でて帰りましょうよ」と不満を漏らしている。この同行者が青山トラン・ブルーの従業員かどうかは不明。なお、自社Webサイトの制作には「若手」の力を借りたと代表者はFacebookで明らかにしている。